ずいぶん前の事です。学生時代に私は美術を学ぶ科に在籍していました。学科長は長身でほっそりしたA教授でした。ある日の昼休み、同科の友人とトイレに行きました。そこでばったりと、その教授と出会いました。いわゆる連れション状態でした。その間教授はつぶやきました。「君たちは、どうして用をたす前に手を洗わないのかね。手は清潔なのか。気持ち悪くないのかな?」と。私はあっけに取られたと言って良かったと思います。20年そこそこの人生でしたが、そのような事を言われたことは1回もありませんでした。長身の教授はその言葉だけ残して立ち去りました。友人と私はしばらく無言でした。学内のベンチに座って話しました。同じ言葉が出ました。不思議な人だと。その不思議な教授は、学長選挙に出馬し落選しました。デッサン室でそのことが話題になりました。どうして落選したのだろうと。誰かが言いました。「不思議な人だものね」と。また誰かが言いました。「不思議な人が学長になってもいいじゃないか」と。しばらくその教授の話題でデッサン室は熱気を帯びたのです。